Web3の使いにくさは、見た目を整えれば解消するような表面的な問題ではない。20年以上かけて磨かれてきた従来のアプリの操作感と、分散型システムが構造的に求める操作の複雑さ。この二つの間にある溝こそが、本質的な壁である。求められているのは、きれいな画面ではなく、「自分で資産を管理する世界で使いやすさとは何か」という根本的な問い直しだ。

最初の60秒で脱落する

Web3に初めて触れるユーザーの体験は、従来のアプリの常識からすると壊滅的である。何かを使い始める前に、まずウォレットアプリをインストールし、暗号鍵を生成し、12〜24個のランダムな英単語(シードフレーズ)を紙に書き写し、仮想通貨を購入してウォレットに入金し、ようやくアプリに移動する。そこで待っているのは、意味のわからない確認画面への署名要求だ。

従来のアプリと比べてみよう。メールアドレスを入力し、パスワードを決め、確認リンクをクリックする。それだけで使い始められる。この差は圧倒的であり、Web3アプリが何か一つ意味のある操作を完了する前に、大多数のユーザーが離脱する理由を説明している。

とりわけシードフレーズの体験は過酷だ。ランダムな単語の羅列を書き留め、「これを失くしたら資産は永久に戻らない」と告げられる。日常的に使う製品で、これほどの責任をユーザーに負わせるものは他にない。シードフレーズはもともと暗号技術に精通した人々のために設計された仕組みであり、一般の人が使うことを想定していなかった。

「署名してください」の恐怖

Web3アプリを操作するたびに、取引内容への署名が求められる。ここが厄介だ。ウォレットが表示する確認画面には、コントラクトのアドレスや関数名、16進数のデータなど、開発経験がなければ意味不明な情報が並ぶ。

間違えたときの代償は大きい。たとえば「無制限のトークン承認」を何気なく許可すると、残高のすべてがそのコントラクトに対して引き出し可能な状態になる。悪意のあるメッセージに署名すれば、ウォレットの中身を丸ごと抜き取られることもある。つまりユーザーは、毎回の操作で自分自身がセキュリティ監査人の役割を果たさなければならない。技術者以外の人にとって、これは無理な要求だ。

取引内容を事前にシミュレーションして結果を表示する機能や、人間が読める形での説明文など、改善は進んでいる。しかし根本的な問題は変わっていない。アプリを使うだけなのに、暗号処理の中身を評価しなければならないという構造そのものだ。

「そもそもの考え方」が違う

Web3を使いこなすには、従来のソフトウェアにはない独特の考え方を身につける必要がある。ウォレットは「口座」ではなく「鍵の組み合わせ」であること。資産はウォレットの中に入っているのではなく、ブロックチェーン上に記録されていて、ウォレットはそれを操作する「鍵」にすぎないこと。取引は「依頼」ではなく「確定操作」であり、カスタマーサポートに頼んで取り消すことはできないこと。

この考え方は、複数のブロックチェーンをまたぐ現実でさらに複雑になる。どの資産がどのチェーンにあるのか、今使っているアプリはどのチェーンにつながっているのか、操作の前にネットワークを切り替えたり資産を移動(ブリッジ)させたりする必要があるのか。同じ名前のトークンが複数のチェーンに存在し、それぞれが別のブリッジ経由の別バージョンだという状況は、慣れた人でも混乱する。

こうした認識のずれが、サポートへの問い合わせや資金の喪失、フラストレーションの温床となっている。Web3プロジェクトのヘルプデスクでは、問い合わせの大半が製品固有の問題ではなく、「間違ったネットワークを選んだ」「取引が失敗した」「トークンが表示されない」といった基本的な概念に関するものだという。

エラーが起きても何もわからない

Web3アプリのエラー処理は、あらゆるソフトウェアの中でも最悪の部類に入る。ブロックチェーン上で取引が失敗すると、ユーザーが目にするのはたいてい「execution reverted」という不可解なメッセージだけだ。何が問題だったのか、どうすればいいのかはわからない。そのうえ、失敗した取引にもガス代(手数料)はかかる。つまり、うまくいかなかった操作にお金を払わされるわけだ。

従来のアプリでは、エラーは想定内のものとして丁寧に設計されている。決済が失敗すれば具体的な理由が表示され、別の方法が提案され、失敗した分の料金は請求されない。Web3アプリがこのレベルに到達することは稀だ。ブロックチェーンの基盤がそもそも詳しいエラー情報を返さないし、取引の不可逆性ゆえに、一部のエラーからは回復しようがない。

分散型取引所のスリッページ設定がこの問題を象徴している。ユーザーは「交換時にどの程度の価格変動を許容するか」をパーセンテージで自分で決めなければならない。低すぎれば取引は失敗し、高すぎればサンドイッチ攻撃(前後から取引を挟み込む手口)に遭う。本来これはシステムが自動で最適化すべき技術的な設定であり、ユーザーに判断を求めるべきものではない。

なぜ簡単に解決できないのか

Web3の使いにくさは、デザイナーの力不足ではなく、システムの設計思想から生じている。ブロックチェーンを価値あるものにしている特性――分散性、自己管理、誰でも参加できる自由さ――こそが、使いにくさを生む原因でもあるからだ。

自己管理(セルフカストディ)とは、鍵の管理をすべてユーザー自身が担うということ。分散化とは、取引を取り消したり、パスワードを再設定したり、困ったときに助けてくれる管理者がいないということ。誰でも参加できるとは、悪意ある者も自由にサービスを公開できるということであり、アプリ側でそれを防ぎきれない。

使いやすくしようとすると、たいてい中央集権的な要素を持ち込むことになる。ソーシャルリカバリー(信頼できる人を通じた復旧)には信頼できる第三者が必要だ。取引のシミュレーション表示には中央管理されたサーバーが必要だ。詐欺サイトの警告には、誰かが管理するブロックリストが必要だ。使いやすさを一つ改善するたびに、分散化を少しずつ手放すことになる。

このトレードオフ自体が間違いというわけではない。しかし、それを明確に認識すべきだ。重要なのは、「分散化の理想」と「実用的な使いやすさ」の間のどこに線を引くかという判断である。初心者には安全装置を提供しつつ、上級者にはプロトコルと直接やり取りする選択肢を残す。そうしたバランスを意識的に設計できるプロジェクトが生き残るだろう。

解決に向けた新しい技術

いくつかの技術が、この課題に向けて集まりつつある。アカウント抽象化(ERC-4337)は、従来のウォレットを高機能なスマートコントラクト型ウォレットに置き換える技術だ。これにより、ソーシャルリカバリー、手数料の肩代わり、一時的な操作権限、複数取引の一括処理などが実現する。パスキー認証はスマートフォンの指紋認証や顔認証をウォレットのアクセスに使い、シードフレーズを不要にする。アプリに組み込まれたウォレットは、ブラウザ拡張機能のインストールという手順自体を消し去る。

チェーン抽象化と呼ばれる技術は、取引を適切なブロックチェーンに自動で振り分け、ネットワーク切り替えの手間をなくすことを目指す。インテント(意図)ベースの仕組みは、ブロックチェーン上の操作を一つ一つ指定するのではなく、「何をしたいか」を伝えれば裏側で最適な手順を組み立ててくれる。これらの技術は複雑さをなくすのではなく、ユーザーの目の前からインフラの裏側へと移動させるものだ。

最も効果的な短期的改善は、じつは最もシンプルかもしれない。初期設定では最も簡単な操作だけを表示し、高度な機能は求める人だけに見せる。「段階的開示」と呼ばれるこの手法は、すでに確立されたUXの原則だが、Web3での採用はまだ遅れている。

まとめ

  • Web3では、何かを一つ操作する前に5〜10のステップが必要。従来のアプリなら2〜3ステップで済む
  • 取引の署名は、ユーザーに理解できない技術的判断とセキュリティ上の決断を迫る
  • 鍵の管理、取り消せない取引、複数チェーンの資産管理といった考え方は、従来のソフトウェアにない独自のもの
  • この使いにくさは分散化と自己管理という設計思想の帰結であり、単なるデザインの不備ではない
  • アカウント抽象化、パスキー、チェーン抽象化が改善に向けて進んでいるが、いずれも中央集権化とのトレードオフを伴う

Web3業界は岐路に立っている。思想的な純粋さを守って技術に詳しい少数のユーザーだけを相手にするか、現実的な使いやすさの改善を受け入れるか。自己管理と自由な参加という核心的な価値を損なわずに、わかりやすさを提供できるプロジェクトこそが、ブロックチェーン普及の次の時代を切り拓くことになるだろう。