投機と実用性の綱引きは、暗号資産の世界を貫く根本的な力学である。すべてのトークン、プロトコル、NFTコレクションは、「純粋な賭けの対象」と「本当に役立つ道具」の間のどこかに位置している。個々の資産と市場全体がこのスペクトラムのどこにいるかを見極めることは、参加者にとっても、開発者にとっても、規制当局にとっても不可欠な作業だ。

投機は「悪」ではない、ただし

投機そのものは破壊的な行為ではない。伝統的な金融市場でも、投機家は市場に流動性(売りたい人・買いたい人がすぐ見つかる状態)を提供し、価格の発見を助け、他の参加者が手放したいリスクを引き受けている。先物市場、オプション市場、株式市場でさえ、効率的に動くためには投機的な参加を必要としている。問題は投機そのものではなく、投機が支配的になりすぎて、価格が実態から大きくかけ離れた市場にある。

暗号資産市場は、その歴史の大半をこの「乖離状態」で過ごしてきた。トークンの価格は、収益や利用実績や競争力ではなく、主に「物語の説得力」「勢い」「市場の空気」に反応する。投機的な取引以外に使い道がゼロのミームコインが、日常的に数十億ドル規模の時価総額に達する。わずかな利用実績しかないプロトコルのトークンが、何十年分もの成長をすでに織り込んだ価格で取引される。

これは暗号資産だけの現象ではない。ドットコムバブル期のインターネット株も収益と無関係な価格がついた。17世紀オランダのチューリップ、ヴィクトリア朝イギリスの鉄道株、2008年以前のアメリカの住宅も同じだ。暗号資産が特異なのは、こうしたサイクルの速さと規模である。24時間365日のグローバル市場、低い取引コスト、SNSを通じた瞬時の情報拡散がそれを可能にしている。

投機が「実用」を育てることもある

投機と実用性の関係を正しく見るには、投機が実際の実用性を育てる「種まき」の役割を果たしうることを認める必要がある。「投機的フライホイール」とも呼ばれるこの仕組みは、いくつかの経路で働く。

トークンへの投機的な関心が価格を押し上げ、それがプロトコルの資金(トレジャリー)を膨らませる。潤沢な資金はより多くの開発、助成金、エコシステム支援に使われる。改善されたプロダクトとより大きなエコシステムが本物のユーザーを呼び込み、膨らんだ評価額を部分的に裏付ける実際の使い道を生む。

Ethereumの歩みがこのパターンを体現している。初期のETH価格上昇はほぼ完全に投機的だった。しかしその上昇が生んだ資金が何千もの開発チームを支え、DeFiのエコシステムを育て、今や数十億ドル規模の実際の経済活動を処理するインフラを築いた。投機的な初期需要がなければ、今の実用性を提供するインフラに十分な資本が集まらなかった可能性は高い。

同様に、2021年のNFTへの投機熱――芸術的・機能的な価値とはかけ離れたものも多かった――は、クリエイター向けツール、マーケットプレイスの基盤、デジタル所有権の規格の開発に資金を注ぎ込んだ。それらは今、チケット販売、ゲーム、身分証明といった実用的な場面で活用されている。

つまり投機と実用性は、必ずしも対立関係にあるわけではない。投機は実用性の創出を後押しできる。ただし、投機で集まった資金が短期の利益確定ではなく、実際のプロダクト開発に向けられた場合に限る。

投機がゆがみを生むとき

投機と実用性の建設的な関係は、投機の力学が開発者やユーザーの動機をゆがめ始めると崩壊する。この歪みはいくつかの典型的な形で現れる。

開発チームがプロダクトの質ではなくトークン価格の維持に最適化する。 ユーザーのニーズに応える機能を作る代わりに、市場を盛り上げることを計算した提携の発表、エアドロップ、トークン設計の変更を打ち出す。プロダクトのロードマップがマーケティングカレンダーに変わり、技術者のリソースがインフラ構築からトークン発行の準備に振り向けられる。

ユーザーが顧客ではなく投機家になる。 トークン価格が上昇しているとき、ユーザーはプロダクトそのものではなくトークンの蓄積を目的に関わる。エアドロップ目当てに作業をこなし、報酬を最大化し、優遇プログラムの抜け穴を突く。こうして生まれる利用データは本物の需要を隠す偽りの指標となる。価格が下がれば投機ユーザーは去り、見せかけの普及の脆さが露わになる。

資金の配分がゆがむ。 ベンチャー資金は、実行可能な事業よりも説得力のあるトークンの物語を持つプロジェクトに流れる。最も優秀な開発者は最も資金のあるプロジェクトに加わるが、それは往々にして最も実用性の高いものではなく、最も投機的な期待値が大きいものだ。本当に役立つが話題性に欠けるプロジェクトは資金も人材も集まらない。

暗号資産の「実用性」をどう測るか

投機が暗号資産市場を支配し続ける理由の一つは、従来の評価手法で実用性を測ることの難しさにある。上場株には売上と利益がある。不動産には家賃収入がある。債券には契約に基づく利払いがある。暗号資産には、こうした標準的な物差しがない。

暗号資産の実用性を測るには、別の道具が要る。DeFiプロトコルなら、預かり資産額(TVL、ただし報酬で膨らませやすい)、本当の取引量(見せかけの取引を除外したもの)、手数料収入、ユーザーの定着率が参考になる。レイヤー1ブロックチェーンなら、開発者の活動量、ユニークなアクティブアドレス数、取引の金額がシグナルを提供する。NFTなら、二次流通の取引量、保有者の多様さ、実際の使い道(限定コンテンツへのアクセス、体験、知的財産など)が部分的な手がかりになる。

ただし難点がある。どの指標も操作できるのだ。TVLはトークン報酬に反応し、取引量は見せかけの売買を含み、アクティブアドレスは自動生成できる。したがって、複数の指標を突き合わせ、報酬目当てや人為的に膨らませた活動を割り引き、自然な利用と作られた利用を見分ける枠組みを作らなければならない。Dune Analytics、Token Terminal、DeFi Llamaなどの分析基盤がデータは提供してくれるが、解釈の枠組みはまだ未成熟だ。暗号資産の世界には、伝統的金融における「一般に認められた会計原則」に相当するものがまだない。

規制当局の視点

規制当局は投機と実用性の境界を、投資家保護の観点から見る。ハウィーテスト(証券かどうかを判定する米国の基準)は、購入者が主に「他者の努力による利益」を期待しているかどうかに着目する。トークンの価値が実際の使い道よりも投機的な取引から主に生じているなら、登録・情報開示・法令遵守が必要な「証券」にますます似てくる。

この規制の視点は、プロジェクトに実用性を示す現実的な動機を与える。計算資源の支払い、プロトコル機能へのアクセス、意味のある意思決定への参加など、明確な使い道を持つトークンのほうが「証券ではない」と主張しやすい。主な用途が取引所での売買であるトークンは、規制の目が厳しくなる。

難しいのは、実用性がしばしば投機市場の形成後に追いつくという点だ。プロトコルが本当に役立つプロダクトを作る意図を持ちつつも、開発資金を集めるために実用性が完成する前にトークンを発行することがある。トークン発行と実用性提供の間のこの時間差を、規制の枠組みはうまく扱えていない。

実用性が主役になる日は来るか

暗号資産市場の長期的な方向は実用性の優位に向かっている。ただし、それがいつ実現するかは不透明だ。いくつかの構造的な要因がこの移行を後押ししている。

市場が成熟すれば、投機による割増分は自然に縮小する。機関投資家の参加が増えれば、「物語だけで動く取引」の効果は薄れる。より大きく洗練された参加者が実態に基づく分析と実用性の指標を求め、価格に徐々に規律を課していく。

規制の圧力が実用性の証明を迫る。証券規制の執行が増えれば、プロジェクトは本当の使い道を築き、トークンが純粋な投機の道具ではないことを示す法的な動機に直面する。

ユーザーの目も痛い経験を通じて肥えていく。投機バブルの崩壊で損をした参加者は、次のサイクルではより慎重になる。実用性の指標に基づいてプロジェクトを評価する参加者の割合はサイクルごとに増え、投機から実態へのバランスを徐々に動かしていく。

そしてインフラの発展が実用性の創出を可能にする。処理能力の拡大が取引コストを下げ、プライバシー技術が機関投資家の参加を可能にし、ブロックチェーン間の連携規格がクロスチェーンの組み合わせを実現するにつれ、本当に役立つ分散型アプリケーションを作るための技術的な壁は低くなっていく。

まとめ

  • 投機と実用性は暗号資産の価値をめぐる中心的な綱引きであり、大半の資産は投機的な価格設定に大きく偏っている
  • 投機は開発資金と人材を呼び込むことで実用性の種をまくことができるが、それは資金が実際のプロダクト開発に使われた場合に限る
  • チーム、ユーザー、資金提供者が本当の需要ではなく投機に最適化するとき、動機のゆがみが生じる
  • 実用性の測定には複数の指標を突き合わせ、報酬目当てや水増しされた活動を割り引く必要がある
  • 規制の枠組みは実用的なトークンと投機的な手段をますます区別し、実用性の証明に法的な動機を与えている
  • 市場の成熟、規制の圧力、ユーザーの目の成長が、実用性に基づく評価へのシフトを徐々に進めている

投機と実用性の綱引きが一つのサイクルで決着することはない。むしろ市場サイクルのたびに、投機の泡の下にわずかに厚い実用性の層が残されていくはずだ。複数のサイクルを生き延びるプロトコルとは、投機で集めた資金で本物のプロダクトを作ったものである。投機がいずれ実態に道を譲るとき、暗号資産市場の姿を最終的に決めるのは、こうした生存者たちにほかならない。