分散型の意思決定が抱える課題は、Web3の世界における最大の運営上の重荷になっている。プログラムの更新や資金の配分がうまくいった成功例のひとつひとつの裏には、何十件もの停滞した提案、投票の操作、参加者の無関心、調整の失敗が隠れている。中央の権限なしに物事を決めることの難しさは、修正すべき不具合ではなく、あらゆる分散型システムが向き合わなければならない根本的な設計上の緊張だ。
大人数での調整はなぜ困難か
分散型の意思決定で最も根本的な課題は、調整そのものだ。数千人の匿名あるいは仮名のトークン保有者に決定権が散らばっていると、ちょっとした数値調整を超えた合意に達することが極めて難しくなる。
従来の組織は階層構造で調整の問題を解決してきた。社長が決め、部長が実行し、社員が遂行する。この仕組みは権限を集中させるからこそ速い。DAO(分散型の自治組織)は原則としてこの構造を拒否するが、同じ速度で機能する代わりの方法はまだ見つかっていない。
結果として起きるのは「膠着状態」だ。提案が議論の場に何ヶ月も放置される。投票に必要な最低参加率に届かない。DAO内の対立する派閥が互いの計画を潰し合う。たとえばMakerDAOの大規模な組織改編(Endgame Plan)は完了までに数年を要した。従来の会社なら、取締役会で決議して経営陣が指示を出せば済む話だ。
この調整の手間は、組織の規模に比例しない。むしろ規模の拡大とともに急激に膨らむ。100人の小さなDAOでうまく回る仕組みは、数十万のトークン保有者を抱えるプロジェクトではまったく通用しなくなる。
「わかる人」と「わからない人」の情報格差
DAOの議案の大半は、かなり技術的だ。担保比率の変更、スマートコントラクトの更新承認、手数料構造の見直し、開発チームへの資金割り当て。どれも、一般的なトークン保有者には判断が難しい。
ここに情報の非対称性が生まれる。実質的に議案を設計し、議論の方向を決めているのは、技術に精通したごく少数の参加者――中核開発者、調査研究者、専門家――だ。一般のコミュニティは、十分に理解できていない選択肢に対して投票するか、もっとよくある話だが、そもそも投票しない。
この問題を補うために「委任(デリゲーション)」という仕組みがある。詳しい人に自分の投票権を託す方法だ。しかしこれはこれで問題を抱えている。委任先がきちんと行動しているかのチェックは弱く、委任先の利害が広いコミュニティと一致するとは限らない。そして委任された票が一部の人に集中すれば、実質的には中央集権と変わらなくなる。
投票の仕組みそのものが狙われる
分散型の意思決定は、従来の組織にはなかった新たなセキュリティ上の弱点を生み出す。なかでも衝撃的なのが「フラッシュローン」を使った攻撃だ。攻撃者が大量のトークンを一瞬だけ借り入れ、投票権を獲得してから返却するという手口で、経済の仕組みと投票の安全性が深く絡み合っていることを突きつけた。
2022年4月に起きたBeanstalkへの攻撃は、もっとも劇的な事例だ。攻撃者はフラッシュローンで大量のトークンを取得し、プロトコルから約1億8,200万ドルを抜き取る悪意ある提案をたった一回の取引で可決させた。投票の仕組み自体は設計どおりに動いた。問題があったのは設計そのものだったのだ。
フラッシュローン以外にも、より見えにくい脅威がある。非公開の場での票の売買はブロックチェーン上では検出しにくい。提案に紛れ込ませた隠し機能は、実行されるまで誰も気づかないことがある。そして安全策として設けられた時間的な猶予――提案期間、投票期間、実行までの待機時間――は、緊急事態への迅速な対応を妨げる窓にもなる。
投票の安全性と対応の速さのあいだの緊張は、もっとも根強い課題のひとつだ。待機時間を長くすれば攻撃のリスクは下がるが、プロジェクトの進化は遅くなる。短くすれば機敏に動けるが脆くなる。緊急時に投票を飛ばす仕組みを設ければ、守ろうとしている分散性そのものを損なう。
立場によって利害が異なる
DAOには通常、利害の異なる複数のグループが存在する。価格上昇を望むトークン保有者、利回りを求める流動性の提供者、手数料を抑えたいユーザー、報酬と自由を求める開発者。「トークンの量に応じた投票」という仕組みは、こうした異なる立場をすべて同列に扱ってしまい、利害の衝突を調整する手段を持たない。
わかりやすい例が、DeFi全体で議論されている「手数料スイッチ」の問題だ。トークン保有者はプロトコルの手数料を有効にして収益を得たい。しかし手数料が上がればユーザーのコストは増え、流動性提供者のリターンは下がり、両方のグループが競合するサービスに流出しかねない。投票の仕組みは、大口保有者の意向を体系的に優遇する以外に、こうした対立する利害を比較考量する方法を持っていない。
この利害のずれは、投票への参加にも及ぶ。積極的に関わるには時間、専門知識、注意力が必要だが、多くのDAOではそれに対する報酬がない。結果として意思決定を牛耳るのは、参加する余裕のある者たちだ。専任チームを持つベンチャーキャピタル、情報面で優位に立つプロジェクト関係者、技術貢献よりも人脈で票を集める「投票のプロ」たちだ。
正当性の確保と新しい解決策
投票の結果が受け入れられ実行されるためには、「この決め方は公正で、その結果は尊重されるべきだ」という信頼、つまり正当性が必要だ。分散型の意思決定はこの正当性の確立に苦戦している。仮名での参加は「誰が投票しているのか」を見えにくくし、一度決まったことの修正は容易ではなく、低い投票率は「結果がコミュニティの意志を反映している」という主張を弱める。
対応策も進んでいるが、どれも完全な解決には至っていない。CompoundのGovernor BravoやOpenZeppelinのGovernorといった標準化されたフレームワークは、基本的な投票の仕組みの安全性を高めた。「異議がなければ承認」とするオプティミスティック方式は、コミュニティの監視を維持しつつ参加のハードルを下げる。
サブDAO(下部組織)や委員会に特定の領域を委任しつつ、大きな決定に対するコミュニティの拒否権は残す「連邦型」の手法も広がっている。これは運営効率と引き換えにある程度の分散性を犠牲にするもので、成熟したDAOの多くが必要と認めたトレードオフだ。
ブロックチェーン上の身元情報や実績に連動した仕組みが成熟すれば、いずれは「お金の量」だけに頼らない投票が可能になるかもしれない。譲渡不能なトークン(ソウルバウンドトークン)や貢献の証明といった仕組みがその候補だ。ただし、プライバシーと身元確認の両立という課題は、まだ解決にはほど遠い。
まとめ
- 分散型の意思決定の課題は付随的なものではなく構造的なものであり、調整の効率と分散された権限のあいだの根本的な緊張から生じている
- 技術に詳しい少数と一般のトークン保有者のあいだの情報格差が、DAOの民主的な基盤を損なっている
- フラッシュローン攻撃や票の売買など、投票の仕組みそのものを狙った攻撃は、ブロックチェーン上の投票に固有のリスクだ
- 保有者、ユーザー、流動性提供者、開発者のあいだの利害の対立は、トークン量にもとづく投票だけでは解決できない
- 連邦型の運営、異議がなければ承認する方式、実績にもとづく仕組みなどは部分的な改善をもたらすが、それぞれに固有のトレードオフがある
分散型の意思決定の課題の全容は、DAOがさらに成熟し、より複雑な運営責任を引き受けるにつれて初めて明らかになるだろう。生き残るのは、スマートコントラクトの安全性と同じくらいの真剣さで意思決定の設計に取り組むプロジェクト――つまり、プロジェクトの「人の層」が「技術の層」と同じくらい重要で、同じくらい壊れやすいものだと認識できるプロジェクトだ。