暗号資産業界はひとつの逆説を抱えている。世界有数の暗号技術者、経済学者、エンジニアが集まって築いたエコシステムから、「フィクションでも書けないような」不合理な結果が繰り返し生まれるのだ。犬の絵のトークンがフォーチュン500企業の大半を超える時価総額を達成する。循環論法だけで支えられたアルゴリズム型ステーブルコイン(価格安定を目指す暗号通貨)に400億ドルが集まる。一人の青年が運営する取引所が数十億ドルの顧客資金を失う。いずれも、「愚かな人が愚かに行動した」のではない。個々には合理的に判断した賢い人たちの行動が、集まると集団的な狂気になった結果だ。

集団の非合理性はどう生まれるか

「集団の非合理性」と「個人の非合理性」は違う。個人が自分の利益や証拠に反する判断をするのが個人の非合理性だとすれば、集団の非合理性は、個々の判断は合理的なのに全体としては非合理な結果になる現象だ。ゲーム理論でいう「囚人のジレンマ」や「共有地の悲劇」に似た構造である。

暗号資産市場では、いくつかの仕組みが特に確実にこの現象を引き起こす。

情報の連鎖。 自分で分析する代わりに、他の人の行動を観察し、「あの人が買っているなら何か良い情報があるのだろう」と推測する。トークンの発売直後に最初の数人が熱心に買えば、後から来る人は「何か知っているのだろう」と合理的に判断して追随する。根本的な価値が乏しくても、この連鎖は自己増殖的に続きうる。

合理的な追随行動。 大勢が特定のトークンを買っているのを見たとき、そのトークンに価値があると信じているからではなく、「トレンドが反転する前に利益を出せるだろう」と期待して参加する。各人が「自分は平均よりも賢く、暴落前に逃げ切れる」と考える。全員がそう考えているという集団的な思い込みが、バブルを膨らませる。

協調の失敗。 Terra/Lunaのアルゴリズム型ステーブルコインUSTの脆弱性に、多くの参加者が気づいていた。しかし仕組みが動いている間は、「年利20%を稼ぎつつ、崩壊する前に逃げればよい」と考えるのが個々には合理的だった。しかし何千人もが同じ「崩壊前に逃げる」戦略を取った結果、システムはわずかな揺れで連鎖的に崩壊するほど脆くなっていた。

歴史が繰り返す同じパターン

2017年のICO(新規トークン公開)バブルでは、ホワイトペーパー(構想書)だけで実態のないプロジェクトが数億ドルを集めた。「次のEthereumを見つけた」と個々の投資家は考えたが、資金提供を受けたプロジェクトの8割以上が何の成果も出さなかった。

2020年のDeFiイールドファーミング(高利回り運用)の熱狂では、プロトコルAの収益がプロトコルBの安定性に依存し、それがプロトコルCの流動性に依存する、という連鎖構造が生まれた。個々のプロトコルに資金を預けること自体は合理的だったが、全体として見れば、誰も解決する動機を持たない脆弱性の塊が形成されていた。

2021〜2022年のNFTブームでは、デジタル画像が小国のGDPを超える評価額に達した。「より高い値段で買ってくれる次の人がいる」という前提の上にすべてが成り立っており、その前提が崩れた瞬間、価値は急速に消失した。

ミームコインはこの構造を極限まで押し進める。参加者自身が「ファンダメンタルな価値はない」と公言しながら、数十億ドル規模の市場を維持している。個人の論理(話題性によるアップサイドへの賭け)は明快だが、集団としては「価値のないものに巨額の資金を配分している」という非合理性も同様に明白だ。

賢い人ほど陥りやすい理由

直感に反するが、知識や専門性は暗号資産における集団の非合理性への耐性を高めるどころか、むしろ脆弱性を増す場合がある。

洗練された合理化。 賢い人は、感情や社会的圧力で動いた判断に対して精緻な理屈を後付けするのが上手い。「FOMO(乗り遅れる恐怖)で買った」とは認めず、「テクニカル分析に基づいた戦略的なエントリー」と説明できてしまう。

領域を超えた過信。 優れたソフトウェアエンジニアが、技術的な理解力が金融市場の判断にそのまま転用できると思い込む。成功した伝統的投資家が、その手法が暗号資産の独特な力学にもそのまま適用できると仮定する。本物の専門性が正当な自信の基盤を提供するため、この種の過信は自覚しにくい。

強力なお手本効果。 賢い人たちの間では、「あの人がやっているなら十分に考えた上での判断だろう」という推論が特に強く働く。暗号資産業界に本当に優秀な人材が集中しているがゆえに、お手本の影響力が特に大きく、特に危険な環境が生まれる。

過去の成功が生む歪み。 Bitcoin、Ethereum、初期のDeFi参入で正しい判断をした人は、「自分の判断は世間の常識より正確だ」という確信を深める。この確信が、集団の非合理性が形成されているときにさらに投資を積み増す勇気を与えてしまう。

非合理性を助長する報酬構造

暗号資産エコシステムの報酬構造は、集団の非合理性を生む行動を体系的に後押しし、それを防ぐ行動を罰している。

トークンの保有者には、保有資産を批判的に検証するよりも宣伝する動機がある。プロジェクトチームには、リスクを開示するよりも成長指標を強調する動機がある。暗号資産を紹介するインフルエンサーには、慎重な分析よりも大胆な価格予想の方がエンゲージメントを得やすい。監査を行う企業は、監査対象のプロジェクトから報酬を受けるため、利益相反を内包している。

ベンチャーキャピタル(VC)のダイナミクスがこの歪みを増幅する。トークンプロジェクトに投資したVCは、ファンドのリターンのためにトークン価格の上昇を必要とする。好意的なメッセージを発信し、批判的な分析を抑える圧力が構造的に生じる。もっとも情報を持っている市場参加者が「評価する」のではなく「宣伝する」よう動機づけられているとき、集団の非合理性は例外ではなく予想される結果になる。

従来の金融市場では、空売り(ショートセリング)が過大評価を是正する役割を果たしてきた。しかし暗号資産市場では、価格変動の激しさによる無限の損失リスク、長期バブル中のポジション維持コスト、弱気派への社会的な敵意が、この是正機能を弱めている。

暴走を食い止めるために

この問題の緩和には、個人と仕組みの両面からのアプローチが必要だ。

個人としては、SNSの雰囲気に流されず独自の分析を行うこと。ポジションを取る前に「こうなったら撤退する」という基準を決めておくこと。致命的な損失を防ぐための上限を設けること。自分の投資判断を否定する証拠を意識的に探すこと。いずれもシンプルだが、熱狂の渦中では実行が難しい。

仕組みの面では、DeFiプロトコルのリスク指標をリアルタイムで公開すること(レバレッジ比率、特定資産への集中度、依存関係の分析)。プロトコル破綻の確率を市場原理で価格づけする保険市場の発展。重大な設定変更に特別多数の承認を要求する意思決定ルール。トークンの発行時にリスク情報の開示を義務づける仕組み。独立したレビュープロセス。

正確さを再生数よりも重視し、報じる対象からの資金的独立を保つメディアや調査機関も、集団の合理性を守る重要なインフラだ。暗号資産メディアは歴史的に調査よりも宣伝に偏ってきたが、FTX崩壊後の環境は、より厳格なジャーナリズムへの需要と資金の両方を生みつつある。

まとめ

  • 暗号資産の集団的な非合理性は、個々には合理的な判断が情報の連鎖、追随行動、協調の失敗を通じて全体として非合理な結果に集約されるとき生じる
  • ICOバブル、DeFiの熱狂、NFTブーム、ミームコインの隆盛は、いずれも同じパターンを繰り返している
  • 知識や専門性は、洗練された合理化、領域を超えた過信、お手本効果の増幅を通じて、むしろ脆弱性を高めうる
  • エコシステム全体の報酬構造が、批判的な検証よりも宣伝を、慎重な分析よりも楽観的な発信を、体系的に後押ししている
  • リスクの可視化、保険市場、意思決定への適切な摩擦、独立したメディアが、非合理な連鎖の形成を遅らせうる

集団の非合理性は暗号資産市場のバグではない。このエコシステムを動かす報酬構造、情報の流れ、社会心理から自然に立ち現れる性質である。完全に取り除くことは不可能だし、おそらく望ましくもない。バブルを生むのと同じ力学が、真のイノベーションに資金を集める熱意と資本をも生んでいるからだ。目指すべきは、その熱意を保ちながら、暴走の被害を最小限に抑える仕組みと習慣をつくることだ。